企業倫理関係
[ ビジネス・エシックス[新版] 企業の社会的責任と倫理法令遵守マネジメントシステム ]
高巌 T・ドナルドソン(著)
分野 | 企業 | 難易度 | 中級者向け(専修課程学生向け) |
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出版社 | 文眞堂 | 発行年月 | 2003年12月 |
値段 | 3300円+税 | ISBN | 9784830944741 |
ページ数 | 533ページ | 判の大きさ | B6判 |
日本の経営学における企業倫理研究の泰斗である高巌とアメリカの高名な企業倫理学者のT・ドナルドソンの共著である。本書の初版は1999年に出版されているが、そのときのサブタイトルは「企業の市場競争力と倫理法令遵守マネジメント」というものであった。当時はビジネス倫理の必要性が、企業倫理が市場競争力を高めるという理由をもって説明されていたのに対し、この第二版では「企業の社会的責任」という企業の発展とは必ずしも一致しない独立した道徳的観点から企業倫理の必要性を説く形に変わっている。ここから企業倫理に関する考え方がここ10年で劇変したことが実感できる。
本書の内容は企業の歴史的進化といったテーマから具体的な企業内の倫理法令遵守システムの提案まで多岐にわたるものであるが、最も特筆すべき特徴はビジネス倫理の倫理学的論拠として社会契約論を採用していることである。このことは、共著者であるドナルドソンが企業倫理学の世界では有名な理論である「統合社会契約論」の提唱者であることを考えれば納得できるところである。「統合社会契約論」はその名のとおり社会契約論の枠組みを使って構築された企業倫理の包括的理論であり、1999年にその全貌が明らかになって以来、今日まで企業倫理学の研究者に強い影響を与えてきた。
ビジネス倫理に社会契約論を応用することの妥当性に関しては、本書の第四章「ビジネスの社会契約」で詳説されているが、そこでの主張が「統合社会契約論」の単なる引き写しではなく、日本独自の特殊な条件を考慮に入れた独自の企業倫理理論としての内容を備えていることに留意すべきである。そしてこのことが本書に二つの意味の独自性を与えている。第一に我が国のビジネス倫理学書では、既存の企業倫理学理論の紹介(ステイクホルダー理論など)はなされているが、独自の理論を展開しているものは少ない。本書はこの点で類書と一線を画している。第二に本書では社会契約論を単に西洋由来のものではなく、「無我」のような東洋的な哲学的概念とも整合する理論であると捉えている点が極めてユニークである。この点で本書は、日本的文脈を無視した西洋倫理学の単純な応用という従来の日本のビジネス倫理学が陥りがちであった問題を乗り越えようとする強い意欲を感じさせるものとなっている。
ロールズ以降再度注目を浴びるようになった社会契約論に興味があり、その方向でビジネス倫理を考えてみたい人には非常に参考になる書物である。