応用倫理のデータベース

Home > 応用倫理のデータベース > 企業倫理関係 > ビジネス倫理学 哲学的アプローチ(叢書【倫理学のフロンティア】XⅢ)

連絡先

〒060-0810
札幌市北区北10条西7丁目
北海道大学大学院文学研究院応用倫理・応用哲学研究教育センター

Tel: 011-706-4088

E-mail: caep[@]let.hokudai.ac.jp

※@マークの[ ]を消したものがアドレスになります。

キャンパスマップ

企業倫理関係

[ ビジネス倫理学 哲学的アプローチ(叢書【倫理学のフロンティア】XⅢ) ]
田中朋弘 柘植尚則(編)

分野 企業 難易度 中級者向け(専修課程学生向け)
出版社 ナカニシヤ出版 発行年月 2004年11月
値段 2500円+税 ISBN 9784888488945
ページ数 307ページ 判の大きさ B6判

若手の哲学・倫理学研究者の論考を中心に編集されたアンソロジーである。副題が示すように哲学的視座からビジネスの倫理問題にアプローチしている。

本書で取り上げられているテーマは通常ビジネス倫理で取り上げられるものとは大きく異なっている。例えば「生命・医療とビジネス」という章では専門職倫理としての医師の倫理を取り上げているし、「環境とビジネス」の章ではエコツーリズムの倫理的問題が論じられている。他にも工学技術倫理とビジネスなど多彩な視座からの論文が掲載されており、編者があとがきで述べているとおり、他の類書と本書との関係は「(総論に対する)各論」もしくは「(基礎編に対する)発展編」と捉えるのが適切であろう。この意味では読者にはある程度のビジネス倫理に関する基礎知識が必要かもしれない。

さて、本書の最大の魅力は本書の多くの論文が、各テーマにおいて実社会や類書が通常採用している倫理的見解に対して、批判的な観点から検証するスタイルをとっているところにある。そのもっとも典型的な例が、奥田太郎による「内部告発」の章である。内部告発の倫理性に関するわが国の風潮やビジネス倫理の教科書の論調は、現在はかなり肯定的なものになってきている。奥田は我が国における内部告発の倫理に関する研究の第一人者であるが、内部告発の積極的な肯定論には懐疑的な立場を取る。奥田によれば内部告発の本質的要素は「秘密の暴露」であり、この要素は人間関係を不安と懐疑に陥れ、信頼を失わせる点で、否定し得ない反倫理性を秘めている。この反倫理性はたとえ公衆の安全を守るという大義名分のもとでも消し去ることはできない。このほか内部告発と組織の権力関係に関する問題を検証した後、奥田は内部告発は必殺仕事人のような「超法規的」行動であり、企業内に制度化することなどできないし、すべきでもないと結論付ける。この主張は、従来のビジネス倫理が展開してきた内部告発の正当化や義務化の要件の提示、あるいは内部通報の制度化の必要性といった主張に対する痛烈なアンチテーゼであり、世間で受け入れられている「正しいこと」を批判的に検討するという哲学的スタイルをとることによってのみ可能となる議論である。そしてこのような議論のみが、内部告発が安易に行なわれる社会がはらむ倫理的危険性-社会構成員間の信頼の喪失など-を認識させてくれる。

本書所載の他の論文も、同様の問題意識のもと緊張感ある議論が展開されている。本書は、ビジネスの問題を哲学的に考えるとはどういうことなのかということを理解させてくれるという点では比類なき良書である。