企業倫理関係
[ 利益につながるビジネス倫理(公益ビジネス研究叢書2) ]
ノーマン・E・ボウイ 中谷常二・勝西良典(監訳)
分野 | 企業 | 難易度 | 中級者向け(専修課程学生向け) |
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出版社 | 晃洋書房 | 発行年月 | 2009年2月 |
値段 | 3500円+税 | ISBN | 9784771020320 |
ページ数 | 258ページ | 判の大きさ | A5判 |
タイトルに惑わされてはいけない。著者は米国の著名なビジネス倫理学者である。本書の原題はBusiness Ethics:A Kantian Perspectiveであり、カント主義の立場からビジネスにおける適切な道徳的判断のあり方を論じたものである。本書は学術的な道徳理論からビジネスにおける実践的規範を導き出すというオーソドックスな形式に則った応用倫理学の研究書であり、通俗的なビジネスの成功指南書の類と混同してはならない。
本書が重要である理由の一つは、ビジネス倫理学の出版物には特定の道徳理論の立場から書かれたものは意外に少なく、その意味では大変貴重であるということにある。
内容的にはカントの定言命法をベースにして、普遍化可能性や人格の尊重、目的の王国といった概念が、ビジネスにおける道徳的判断において妥当な判断を下すためにいかに適切なものであるかを論じている。直感的にはカントの道徳理論はビジネスの倫理としては最も適用しにくいものであると感じられるかもしれない。ビジネスは基本的に利益創出や社会の効用の増進のような結果のよさを追求する活動であるし、雇用や取引の場面では他者を自己の利益の道具として使うことが不可避であるように思われるからである。この点でカントの道徳理論を採用するならば、最終的にはビジネスそのものの道徳性の否定に行きつくように思われるかもしれないが、本書ではそのようなことはなく、むしろカントの道徳理論がいかに倫理的なビジネス実践の指針となりうるかが詳細に論じられている。また本書の内容には規範倫理学の分野における幅広いカント研究の成果が取り入れられている一方で、ビジネスの現場における実例や企業経営者の倫理に関する発言などもふんだんに取り入れられており、理論的側面においても実践的側面においても非常に充実したものとなっている。これにより本書は書き手の専門分野によって倫理学理論偏重になったり、実務偏重になったりするというビジネス倫理研究書の偏頗的傾向を免れている。
最後にメタ倫理学との関連で非常に興味深いのは、非帰結主義的な道徳判断と利益の創出という帰結との関係を述べたくだりである。筆者は快楽の直接的な追求はかえって快の増進を妨げるという、いわゆる「快楽のパラドックス」を援用して非帰結主義的な道徳判断への批判を論駁するが、この辺りは筆者の論敵である功利主義(より詳しく言えば間接功利主義)の議論と多くの共通点を有しているように見える。応用倫理学のみならずメタ倫理学に関心のある方、もしくはカント主義ではなく功利主義に関心がある方も一読されてはどうだろうか。