生命倫理関係
[ ケースブック医療倫理 ]
赤林朗・大林雅之編著
分野 | 生命 - 入門 | 難易度 | 初心者向け(教養課程学生向け) |
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出版社 | 医学書院 | 発行年月 | 2005年2月 |
値段 | 2400円+税 | ISBN | 9784260332507 |
ページ数 | 127ページ | 判の大きさ | B5判 |
本書はもともと医療倫理の症例集を目指して執筆された数少ない書籍の一つであり、数ある医療倫理の入門書の中でも、ケーススタディを中心とした学習に特化した書である。ケースを重視する理由は、著者らが、医療現場で生じる倫理的諸問題には「まったくの正解」はありえず、具体的な事例で問題点を整理し、考える経験を積み重ねることが重要であるという立場をとるためである。そのため本書では一般的な原理・原則や生命倫理全般の解説は極力控えられ、代わりに医療現場での倫理的ジレンマ、判断に困るような難しいケースが数多く提示される。それぞれのケースではこうすることが絶対に正しいという解答を与えられるわけではないが、代わりに当事者らの様々な視点から、読者が自ら考えるための様々な手助けが示される。この本を通じてこれらのケースを考えることによって、読者はたとえ完全に正しい答えをだせないとしても、自分や相手の考え、立場をはっきりと整理・理解することができる。倫理を学ぶ学生や医療の問題に実際に直面する医療従事者だけでなく、家族、そして患者本人にも勧められる一冊である。
本書では27のケースが扱われており、これによって広く医療倫理上の重要テーマが網羅される構成となっている。テーマは「医療者の指示に従わない患者」「在宅患者への医療、介護」など、どれも非常に印象的でしかも現実に即したものとなっている。それぞれのケースではまずキーワードが挙げられ、次に具体的な場面が示される。たとえば「痴呆高齢者のリハビリテーション」の項では、痴呆のAさん、それを介護する嫁のBさん、主治医のCさん、看護師のDさんらが登場し、それぞれにそれぞれの思いを抱えており、Bさんなどは「寝たきりの方が介護しやすいからリハビリはしなくてよい」と述べる。読者は誰の立場に身を置いて考えることも可能であり、また逆に複数の観点に立ってみることで問題をより深く考えることができるだろう。前半の16ケースにおいては、場面設定の次に「当事者が望んでいること」「当事者が大切にしているもの」として当事者らの価値観などが整理され、「このケースを考えるために」という場面を補足する情報も与えられる。その上で実際に「考えてみてください」という形で各ケースにつき問いが三つほど用意されている。読者はこの問いへの答えを考える中で、実際にそうした場面に出会った時の対処能力を養うことができる。また問いの後には「あなたがその場にいたら」「topics」という形で問題全体に対する解説がおかれており、自分の考えが妥当なものであったかを考えることもできるようになっている。後半の11ケースはいわば応用編で、より具体的で細かい状況設定がおかれており、解説の代わりに医師や法律家、看護師、哲学者などの様々な立場からのコメンタリーが付されている。単に実際のケースに触れるだけでなく、こうした様々な立場からの意見を考慮して、自分なりに判断する能力が身につけられる点が、他のケースを扱った入門書と比しても、本書を魅力あるあるものとしている点である。