生命倫理関係
[ 脳死・クローン・遺伝子治療 バイオエシックスの練習問題 ]
加藤尚武
分野 | 生命 - 入門 | 難易度 | 初心者向け(教養課程学生向け) |
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出版社 | 産業図書 | 発行年月 | 1999年8月 |
値段 | 660円+税 | ISBN | 9784569607146 |
ページ数 | 222ページ | 判の大きさ | 新書 |
本書は生命倫理について手軽に読める新書でありながら、学術書としても充分な内容を持った数少ない書の一冊である。著者は日本の応用倫理学の第一人者である加藤尚武であり、ともすれば難解になりがちな哲学の問題が、彼独特の非常に明快な、しかもユーモアのある文章で解説される。また、この本はタイトルこそ「脳死、クローン、遺伝子治療」と銘打たれているが、実際には人工妊娠中絶や不妊治療、安楽死、インフォームドコンセント、法と倫理の関係など実に幅広い内容を扱っている。したがってこの一冊で読者は生命倫理全般を十分に学ぶことができる。
この本の特徴は、副題に「バイオエシックスの練習問題」とあるように、生命倫理上の様々な問題を著者とともに考えることを通じて、変化の早い現代社会の中で実際に物事の善悪を考える力を養うことが目的とされている点にある。本書において脳死やクローンなどの複雑な問題を、著者が平易に解きほぐし、明快な回答を与える仕方はまさに応用倫理学の問題に取り組む際の模範的手法である。まず問題に関する現状を事実やデータに基づいて把握し、次に賛成派、反対派の意見を列挙しその是非を検討した上で、それらの分析から最終的に問題についての答えを出していく。この本を通じて、このような問題への取り組み方を学んだ読者は生命倫理のみならず、あらゆる応用倫理のトピックに対応する実践的な能力を養うことができるだろう。
本書は全五章、「脳死と臓器移植」「性と生殖の倫理」「クローン人間の練習問題」「患者の権利」「遺伝子治療と人類の未来」からなり、さらにそれぞれがいくつかの節から構成される。すべての議論の根底には、自己決定論の限界、他人に危害を与えなければ何をしてもいいという他者危害原則が通用しない事例をどう扱えばよいか、というコンセプトがあり、読者もそれを念頭において問題を眺めることで理解が促進される作りとなっている。また「性転換手術」や「医療へのアクセス権」など、他の入門書ではあまり扱われない内容も扱われている。
著者は後書きで「国民の誰もが知っておくべきバイオエシックスの知識をまとめておく、最近の傾向を鋭く突きだして日本のバイエシックス研究にとって刺激となる、大学や高校の教科書に使えるという条件を満たす本を作ろうと思った」と語っている。医療や研究の現場にある人だけではなく、この社会に暮らすあらゆる人に生命倫理の問題は関係している。そのことに気づき、生命倫理について知ろうと思い立ったとき、この本はまさに最良の手引きとなるだろう。