生命倫理関係
[ 優生学と人間社会 ]
米本昌平、松原洋子、橳島次郎、市野川容孝
分野 | 優生学 - 入門 | 難易度 | 初心者向け(教養課程学生向け) |
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出版社 | 講談社 | 発行年月 | 2000年7月 |
値段 | 740円+税 | ISBN | 9784061495111 |
ページ数 | 286ページ | 判の大きさ | 新書 |
本書は科学論や医学史、政策論、医療社会学などを専門とする著者らによる、優生学の歴史、内実、社会との関係およびその倫理的な問題を扱った書である。優生学とは、優良な種を残し、劣等な種を排除しようとする学であるが、この優生思想はナチスの障害者排斥の運動と結びつけられ、語ることすらタブーとされ強く否定されてきた。しかし近年、医療技術の発達により、密かに優生的思想が復活する兆しがある。
本書はこうした現実を踏まえて、次のような目的を掲げる。「現代社会は、遺伝子を扱う技術を発達させたことで、優生学や優生思想が理想としていたことを実現していくようになるのだろうか。この問いに答えを見いだすためには、過去の事実をよく知らなければならない。優生学、優生思想とは何だったのか。その歴史的実態とは、どんなものだったのか。それを明らかにすることが、本書の第一の狙いである」。この狙いに基づいて、まず、国・地域別に「優生学」の名の下に何が語られ、行われたかが考察される。具体的にはイギリス、アメリカ、ドイツ、北欧、フランス、日本が取りあげられ、それぞれの国の過去の歴史が、現在の問題への対応にどのように影響しているかを見る。そしてその後、これらの国と国、過去と現在の比較を通して、はたして現代社会は「優生社会」へ向かう契機を持っているのかどうか、が検討される。読者はこうした本書の議論を通じて、今度は自分自身がこれから優生学、優生思想とどう距離をとればいいのか、を確かな実例に基づいて考えることができるようになるだろう。
この本を通読することで読者は、優生思想がナチスのような特別に邪悪な集団だけに見られるものではなく、「合理的な近代化政策」として福祉国家においても採用されてきたこと、そして優生的選択が遺伝子解析技術の発展によって、国家による強制だけではなく自己決定の問題を通じて個人に帰される問題となってきたことを理解することができる。優生思想は医療従事者や政策決定者だけの問題ではなく、我々一人一人が皆直面している問題なのである。出生前診断や遺伝子治療など、このいわば身近で具体的な問題としての優生問題について考える際に、本書は有力な足場を提供してくれる一冊である。