生命倫理関係
[ 死は共鳴する 脳死・臓器移植の深みへ ]
小松美彦
分野 | 生命 - 入門 | 難易度 | 初心者向け(教養課程学生向け) |
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出版社 | 勁草書房 | 発行年月 | 1996年6月 |
値段 | 3000円+税 | ISBN | 9784326153190 |
ページ数 | 314ページ | 判の大きさ | 新書 |
本書は脳死を人の死とすること、そして脳死者から臓器を移植することの倫理性について、批判的な立場からの検討を行った書である。特に、個人の自律の尊重を最重要視する生命倫理上の立場、高度医療推進派の立場の対極に立っている点が特徴である。しかし「死」という抽象的な問題を扱いながらも、決して難解ではなく、身近な現実の事例やデータに基づいての具体的な議論が展開されている。また物語などからの引用も多く、手に取りやすい内容となっていると言えるだろう。
本書の特徴は、脳死と臓器移植という問題に批判的で慎重な態度を取るにあたって、感情的になることなく、医学・医療技術・生理学を中心とした理科的な問題と、人間の生死という哲学的問題、その実施にまつわる倫理学的問題、社会のあり方や意識にかかわる社会学的問題をはじめとした文科的な問題の両方を見据えた視点から、改めて従来の個人と自由を最重要視するタイプの議論に異議を唱えている点にある。臓器移植を推進する医療の現場は、現にそこにいる移植を待つ患者の存在を全面に押しだし、移植を否定すれば患者を殺すことになる、と主張する。またこれまでの一般的な生命倫理は個人の自己決定を重視し、他人に迷惑をかけなければ何をしてもいいという選択の自由論に支えられてきた。尊厳死や中絶は当事者本人の問題であり、他人がその決定に口を出すべき事柄ではない、という立場をとる。脳死の問題も同じように、「自分が脳死状態になればそれを死と認め、臓器を移植に用いる」と本人が認めるならば、その人の脳死は死と解釈される。それに対し、著者はこうした「死の自己決定権」を認めることで、死を単に個人の問題にしてしまうことを批判する。「死」は共鳴するものであり、看取る人、遺される人に分かち合われるものである。著者の主張に同意するにせよ、同意しないにせよ、この本を通じて読者は、自律と自己決定を中心にした倫理学理論に簡単に依拠するのではなく、より多角的な視点から事態を考慮する力を養うことが期待される。なお自己決定と生命倫理の関係について更に考えたいという場合、やや難しい本ではあるが立岩真也『私的所有論』なども参考になる。